日本ヘリコパクター学会ガイドライン作成委員会 |
日本ヘリコパクター学会が H.Pylori 感染の診断と治療のガイドラインを発表してから
2 年が経過し、その間オメプラゾールが除菌薬として厚生労働省の認可が得られたことより、ガイドラインの見直しのためガイドライン作成委員会が
2 年ぶりに開催された。 当初は、マイナーチェンジの予定であったが、検討をしていくと様々な問題点がクローズアップされてきた。 適応疾患では、胃・十二指腸潰瘍のみでよいのか、MALT リンパ腫も入れるべきではないのか、早期胃癌 EMR 後、萎縮性胃炎、過形成性ポリープは検討中ではなく望ましい疾患に入れるべきではないかとの意見が出され、議論が沸騰した。 マーストリヒトガイドラインのように、 Recommendation level と Evidence level を分けた方がよいとの意見も出たが、わが国の事情を考えるとまだ尚早ということになった。 診断では、H.pylori の便中抗原測定について、保険上認可されていないが世界中で広く行われるようになってきたので、ガイドラインに取り込むべきではないかと意見が出された。 そのため、これまでの発表された内外の文献を集め、詳細に検討した。 また、医療保険では 1 種類しか診断のための検査が認められていないが ( 陰性の場合はもう 1 種類を追加できる ) 、複数検査を認める必要があることで意見の一致を見た。 治療については、オメプラゾールが新たに保険適用になったのでそれを追加した。 しかし、ランソプラゾールと異なり、クラリスロマイシンの使用量が 1 日 800mg と固定されていることに注意する必要がある。 また、2002 年 12 月より、PPI、クラリスロマイシン、アモキシシリンの除菌薬がセットされたパック製剤が保険認可になったので、それも追加した。 最も問題となったのは、クラリスロマイシンの耐性株の増加により、 3 剤療法の効果が年々減じてきていることであった。 厚生労働省の指針では、クラリスロマイシンの量を増やすことが述べられているが、実際、400mg で除菌失敗した例は、800mg に増量しでも効果はほとんど見られないことが明らかになってきた。 したがって、2 次除菌療法を提示しなければならないが、保険適用薬剤のみの使用では、効果が期待薄であるのは自明である。 これまでの欧米やわが国の論文を集め検討したところ、メトロニ夕ゾールを使用した除菌療法の効果が最も優れており、わが国では保険適用にはなっていないが、補足として付け加え詳しく解説した。 前回のガイドラインは保険適用前に発表されたものであり、ともかく一般の実地医家が混乱なく、 H.pylori 感染の診断と治療ができるようにということを第一目標で作成した。 幸いなことに、厚生労働省は、われわれの作成したガイドラインに沿って保険適用の指針を決定してくれた。 そのため、きわめてスムーズに除菌療法が胃・十二指腸潰瘍の基本治療としてわが国にも根付いてきたと思われ る。 今回のガイドラインは保険適用から一歩進んで、これからあるべき H.pylori 感染の診断、治療についても述べられている。 委員会の作成したガイドライン案は日本へリコパクター学会の理事会でも激しい議論がなされ、マイナーチェン ジを経て 2002 年 12 月に理事会の承認を得ている。 わが国の特殊事情を極力廃して作成したため、国際的にも前回のガイドライン以上に通用することを期待している。 H.pylori 除菌治療の適応疾患 1) 胃潰瘍、十二指腸潰瘍 A 2) 胃 MALT リンパ腫 A 3) 早期胃癌に対する内視鏡的粘膜切除術 (EMR) 後胃 B 4) 萎縮性胃炎 B 5) 胃過形成性ポリープ B 6) Non-ulcer dyspepsia (NUD) C 7) Gastro-Esophageal Reflux Disease (GERD) C 8) 消化管以外の疾患 C 解説 (A)H.pylori 除菌治療が勧められる疾患 胃潰瘍、十二指腸潰瘍については、わが国でも保険適用になっておりエビデンスも十分である。 MALT リンパ腫については、大規模臨床試験が進行中であるが、疾患の特性とこれまでの報告で除菌によるメリットはデメリットを大きくしのぐことより A ランクとした。 1) 胃潰瘍、十二指腸潰瘍 H.pylori 除菌により維持療法なしに潰瘍再発が抑制されることは世界的にコンセンサスが得られている。 わが国においても同様の成績が蓄積されており、プロトンポンプ阻害薬と抗生物質 2 剤による胃潰瘍・十二指腸潰瘍を対象とした大規模多施設除菌治験により、除菌の潰瘍再発抑制効果が明らかにされている。 また、医療経済学的見地にたっても除菌治療による医療費削減効果は明らかである。 したがって、H.pylori 陽性の胃潰瘍、十二指腸潰瘍はすべて除菌治療の適応となる。 高齢者、小児、合併症症例に対する除菌治療の安全牲については慎重な配慮が必要である。 Non Steroidal Anti-Inflammatory Drugs(NSAIDs) の長期投与が予定されている潰瘍歴のある H.pylori 陽性者では NSAIDs 潰瘍の発生および出血予防に H.pylori 除菌が有効であるとする報告が多いが、出血予防に関しては必ずしも充分な効果がないとする報告もある。 さらに H.pylori 除菌が発生した NSAIDs 胃潰瘍の治癒を遅延させるとする報告もある。 したがって、H.pylori 除菌の効果には限界があり、わが国においても十分に評価できる臨床試験が必要である。 2) 胃 MALT リンパ腫 H.pylori 陽性低悪性度胃 MALT リンパ腫の約 50-80% は H.pylori 除菌によって病理組織学的所見の改善、内視鏡的所見の改善、リンパ腫の退縮がみられ、H.pylori 除菌治療を第一選択の治療法とすべきである。 現在、わが国においても大規模多施設除菌試験が進行中である。 しかし、一部に除菌後に増悪する症例も報告されており、除菌治療の有効予測因子として内視鏡所見、深達度、染色体転座解析などが検討されている。 したがって、除菌に際しては病理組織学的診断、超音波内視鏡を含む内視鏡的診断、遺伝子解析などを十分に行うべきである。 除菌治療無効例には放射線療法、化学療法等が選択される。 (B) H.pylri 除菌治療が望ましい疾患 エピデンスは十分であるとはいえないが、ある程度蓄積しており、疾患の特性から見て将来的に除菌が望ましいと考えられる疾患を B ランクとした。 1) 早期胃癌に対する内視鏡的粘膜切除術 (EMR) 後胃 H.pylori 除菌が早期胃癌の内視鏡的粘膜切除術後胃の異時性発癌に対して抑制効果があるとする報告があり、欧米をはじめとするガイドラインでは除菌すべき疾患とされている。 この報告は無作為試験でなかったため、現在、多施設無作為臨床試験が進行中である。 胃癌術後残胃に関しては十分な成績はない。 2) 萎縮性胃炎 わが国においては萎縮性胃炎の大部分は H.pylori 感染由来の胃炎である。 H.pylori 除菌によって組織学的胃炎が改善することはほぼ明らかになってきた。 しかし萎縮性変化のどの段階まで除菌治療により可逆的であるかは不明である。 いくつかの前向き研究によって H.pylori 陽性の萎縮性胃炎が胃癌発生の高危険群であることが明らかになってきたことより、除菌によって胃癌発生が抑制される可能性が示唆されている。 しかし、現時点では、H.pylori 除菌により、胃癌発生が明らかに減少したという科学的論文はないため、胃癌発生の多いわが国が中心となってこの問題を早期に解決すべきであろう。 3) 胃過形成性ポリープ 無作為化された介入試験によって H.pylori 除菌が胃過形成性ポリープを縮小させることが報告され、除菌成功例の約 70% に退縮がみられている。 これまでわが国では、胃過形成性ポリープの治療として内視鏡的ポリペクトミーが施行されてきたが、術後の合併症も報告されていることから、新しい治療法としての除菌療法のさらなる検討が望まれる。 (C)H.pylori 除菌治療の意義が検討されている疾患 1)Non-ulcer dyspepsia (NUD) NUD における H.pylori 除菌治療の意義については臨床的、医療経済的有効性がわずかながら示されているもの の、必ずしも世界的に合意が得られていない。 わが国の報告でも結論は一定でなく、除菌治療の意義についてはさらに検討されるべきである。 2)Gastro-Esophageal Reflux Disease (GERD) プロトンポンプ阻害薬を長期投与されている H.pylori 陽性 GERD 症例においてはプロトンポンプ阻害薬が胃粘膜萎縮を進展させるので除菌すべきであるとする報告があるが、FDA は支持しておらず、現時点では結論がでていない。 一方、H.pylori 除菌により GERD の増悪、パレット食道の増加、それを背景とした下部食道腺癌の増加が懸念されたが、現時点ではその可能性は低いと考えられる。 3) 消化管以外の疾患 特発性血小板減少性紫斑病(ITP) 、鉄欠乏性貧血、慢性蕁麻疹、レイノー現象、虚血性心疾患、偏頭痛、ギランバレー症候群等の神経疾患などに対して H.pylori 除菌治療が有効とする報告があるが、さらなる検討が必要である。 |
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