「権利・義務」と「愛情・信頼」 (1998. 8. 5)

 医療の情報開示の話題が頻りである。 
 レセプト開示、カルテの開示と、その根底に流れるものは、医療の単一的商品化と、それに続く商品価格の設定、品質管理体制の確立、消費者保護である。
 DRG(診断関連群別支払い事前決定方式)やEBM(証拠に基づいた」医療)もその流れの内にある。
 最近は、医療分野でISO(国際標準化機構)の規格取得を検討している医療機関も見受けられるが、通常の消費生活における商品やサービスの品質管理の手法を「人対人(患者の体と医療の頭脳)の合作である医療」の分野に当てはめるのは果たしていかがなものか。
 そもそも、医療を単一的商品として扱うことができるのかどうかが問題である。
弁護士と依頼者の間の事件解決の成功、不成功を商品化すべきか否かと同じ次元の話である。
 この次元から議論を始めるべきところであるが、いまだその議論は少ない。
それぞれ異なる対象に対し、大勢において平均的とされる医療を単一的に用いれば、必ず例外を生じることは必至であり、ここに医療の商品化のむずかしさがある。
 例外は義務不履行となり、信頼に対しては裏切りとなる。医療現場に絶えることなく争いが持ち込まれることを意味している。
 それでも、あえて単一的商品化が行われ、医療商品なるものができたとしたら、次の流れは商品価格の設定であり、さらには売り手の責任と買い手の権利の確立(消費者契約法)への誘導となる。
 医師と患者の関係が、かぎりない「愛情や信頼」によって結ばれてこそ、よりよい手作り医療ができるとした、聖医ガレンの言葉とは裏腹に、「権利や義務」を背景とした患者の診療要求は、医師に保身的医療を強いることにほかならない。
 保身的の意味するところは、商品価値の低下である。
 権利や義務を背景とした経済主導の医療対策より、愛情や信頼を背景とした医療政策の方が、国民にとってはるかに得るものが大きいはずである。
 医師と患者の関係において、権利や義務を主張しても何も得られるものはない。
 逆に愛情と信頼、それに対する感謝の気持ちで成り立つ関係の方が、互いに得るものも大きいはずである。

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